【 ニーチェ の言葉】ずっと愛せるか:原田龍二の4WD不倫 & カンニング竹山のコメント

グースの部屋

ニーチェ の言葉シリーズ

 

今回は、人間的な、あまりに人間的な より、ずっと愛せるか を紹介する。

 

 

人生を自由に楽しむために必要なものは何か。1つは、論理的思考力だ。そしてもう一つは… 自分の意志である。そして、意志の源にもなるのが、各人の経験に基づく人生観・世界観であり、物事を統一的に把握する理念、つまり 哲学だ。ニーチェの言葉に凝縮された人生観を知ることで、少しでも人生観のプラスとなれば幸いだ。

 

【 ニーチェ の言葉】人生を豊かにする名言
ニーチェ の言葉シリーズ 今回は、なぜ哲学が必要か について論じ、これから随時紹介してゆく ニ...

 

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芸能界の不倫例:原田龍二の4WD不倫

2019年5月31日、ファンの女性との不倫が報じられた俳優 原田龍二(48)が、都内で記者会見を行い謝罪した。4WD不倫について、「不徳の致すところです」と認めた。

 

不倫が報じられた2人の女性とは、自身のインスタグラムで接近したことがきっかけ。不貞行為は自家用車の4WD「ランドクルーザー」の車内であったことも認めた。原田氏には2人の子供もいる。

 

この報道に対し、芸能界では様々なコメントが寄せられている。それらの一部抜粋を下記に示す。

 

坂上忍

俺ちょっと古いから、遊び方が。遊ぶ時にケチっちゃダメっていうのがすり込まれてるのよ。絶対、遊びはきれいにって

 

カンニング竹山

奥さんが許してくれればそれでいいんですよ。僕だって浮気したい気持ちバリバリあるんですよ。奥さんがいるからやらないだけで

 

西川史子

 

不倫までもいってないですよね。車の中で簡単に用を済ませたって…しかも10分でしょ。早すぎませんか。なんか本当に女の人に対して失礼だなって思いましたね

 

 

意見にはもちろん個人差があるが、坂上忍・西川史子のコメントは、今回の4WD不倫自体に言及したものだ。もちろん、その深層には、「不倫はよろしくない」という前提があってのことだろう。

 

一方、カンニング竹山のコメントは、不倫行為自体に対する普遍的な考えを述べている。一見、物議をかもしそうな内容だが… 実は、核心をついている発言であると考える。

 

 

 

島田紳助の浮気肯定論

既に芸能界を引退した人物ではあるが、興味深い発言が過去にあったので引用する。その人物とは、島田紳助だ。

 

過去の 行列のできる法律相談所で、島田氏は次のようなトークを繰り広げていた。

 

 

頭で思う事は止められる。(中略)心で想う事は止められない

 

この発言については、後ほど言及する。

 

 

我々も思ってる。浮気はダメ!浮気は正しいなんかこれっぽっちも思ってない。いつも言うように、車の事故はダメと一緒。

 

↑この発言には特段追求することはないが…

 

結婚する時、浮気しませんと妻に言いました。免許もらう時、事故起こしませんと言いました。あの決意は今も変わりません。ただ、我々は事故の回数が多い。それはなぜなら人より速く走るというメリットがあるから

 

このあたりで、会場内のゲスト達は島田氏の発言に徐々に流されているようにも見えた。しかし、↑のロジックは無理に大きく方向転換されている。確かに、「人より速く走る」と「事故の回数が多い」には相関があるかもしれない。

 

しかし、「人より速く走る」ために「事故の回数が多くなる」のが許容されるわけではない。そもそも、全体の事故数を減らすためにいわゆる制限速度が設けられているわけであり、メリット追求のために制限速度を超えて走ることは、単なるルール違反である。

 

前半の 頭で思う事は止められる。(中略)心で想う事は止められないには一部賛同するが、後半から浮気を肯定するための持論が展開されており、ツッコミどころは多く見受けられる。まあ、それも含めて楽しいバラエティトークと言ってしまえばそれまでだ。

 

 

 

ニーチェ が語る愛

愛について、ニーチェは次のように語る。

 

行為は約束できるものだ。しかし、感覚は約束できない。なぜなら、感覚は意思の力では動かないものだからだ。よって、永遠に愛するということは約束できないように見える。しかし、愛は感覚だけではない。愛の本質は、愛するという行為そのものであるからだ。
引用:「人間的な、あまりに人間的な」

 

この言葉に、全てが凝縮されていると感じる。

 

行為は約束できるものだ。しかし、感覚は約束できない。なぜなら、感覚は意思の力では動かないものだからだ   この言葉は、まさに島田氏の 頭で思う事は止められる。(中略)心で想う事は止められないと合致している。

 

しかし、ここで終わってはいけない。

 

大切なことは、その次に書かれている。愛は感覚だけではない。愛の本質は、愛するという行為そのものであるからだ。そう、愛の本質とは、愛するという行為そのものなのだ。

 

 

 

この概念は、カンニング竹山の発言 僕だって浮気したい気持ちバリバリあるんですよ。奥さんがいるからやらないだけで に通じるポイントがある。

 

つまり、「浮気したい気持ちがバリバリある」というのは感覚の問題であり、意思の力ではどうしようもない遺伝子レベル・本能レベルの次元にある。しかし、「奥さんがいるからやらない」は、愛するという行為そのものであり、本人の確固たる意思で約束することができる愛の本質である。

 

愛の本質とは、愛するという行為そのものである。どのような理由であれ、状況があったにしろ、本人の意思とはまったく関係なく不倫が起こることはありえない。その意味では、不倫と車の事故はアナロジーとして成立していないように思える。

 

もし不倫が起こってしまったら… それは単純なことだ。2人の間に築かれてきた愛が、その程度のものであったというだけのことだ。決して事故で起こったわけではない。本人の意思で、愛するという行為で育まれてきた2人の愛・歴史を、崩してもいいと思える程度の関係であったというだけの話だ。

 

あとは、その程度の愛の関係で2人が今後納得できるか、人生を共に歩めるかどうか、の点に尽きる。

 

もちろん、魔がさすという言葉があるように、ふとしたきっかけで自分の意思に歯止めが効かなくなり、不倫に走ってしまうケースもあるだろう。システムにバグがあるように、人の意思にもバグが発生しないとは言い切れない。しかし、何らかの理由で不倫をしてしまった場合でも、そこに至るまでに築き上げてきた 愛・歴史 が素晴らしく堅牢なものであれば、あるいは愛するという行為を継続できる場合もあるかもしれない。

 

 

行為は約束できるものだ。しかし、感覚は約束できない。なぜなら、感覚は意思の力では動かないものだからだ。

 

愛は感覚だけではない。愛の本質は、愛するという行為そのものである。

 

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