【理不尽な主張を 論破 】使えるロジック! リーガル・ハイにおける古美門の論理

グースの部屋

論破
使えるロジックシリーズ

今回は、2012年からフジテレビ系で放送されたドラマ リーガル・ハイ から紹介。

論破 リーガル・ハイ 「我々は神ではない。真実が何かなんて分かるはずがない」

題材:優先座席でない席で、高齢者に席を譲るべきか

電車内でのワンシーン。左手の黄色コートを着ている女性が弁護士の黛(以下、マユズミ)。右手の帽子をかぶっている男性が弁護士の古美門(以下、コミカド)


『リーガル・ハイ』(C)フジテレビ

比較的混んでいて、座席は人で埋まっている状況。マユズミが、たまたま目の前で空いた座席に、高齢者を座らせようとしたその時… 

帽子をかぶりイヤホンをした男(コミカド)がすっと割り込み座った。マユズミは正義感から、コミカドに声をかけるが…

こちらの方に席を譲って差し上げてはいかがですか?
なんで?

コミカドは提案に応じず、逆に理由を聞き返されてしまう。高齢者は「いや、いいんですよ」とマユズミを制しようとするが、納得のいかないマユズミ。

コミカドに対し、自分の主張を話すべく、まず状況説明をし始める。

お見受けしたところ、まだお若いですよね?こちらの方はお年を召していらっしゃいます。
だから?

マユズミの状況説明に納得したのか、話の展開を促すコミカド。そこで、マユズミは主張を述べる。

体力のある者が、体力の無い者に席を譲るのが当然のモラルでありマナーだと思いませんか?
思います。

この主張の根拠はモラル・マナーとして片付けられている。が、コミカドも、マユズミの主張自体は否定することなくすんなりと認めた。

普通の人であれば、ここまで説明されれば「すみません」の一言でも残しつつ席を譲りそうなところだが… コミカドの反撃がここから始まる。

しかし、若いから体力があり、お年を召しているから体力がないと一様に断じてしまって良いものでしょうか?

マユズミの、状況説明主張を認めつつ、両者を繋ぐロジックが非連続であることを突いたコミカドの一言。

もちろん、生物学的論点や日本人の平均で考えれば、「若い=体力がある、高齢=体力がない」がまかり通ると思われる。しかし、あくまで平均の話であり、目の前の1個人を説得するデータとしては、不十分である。なぜなら…

例えば、私は年齢が38だが、あなた私が重度の心臓病を患っている可能性を少しでも考慮しましたか?

そう、体力を左右するファクターは年齢以外にも膨大にあるからだ。マユズミの主張が正となる前提条件は、下記である。

体力 = F(年齢)

しかし、現実は…

体力 = F(年齢、病気、・・・)

弁護士であるマユズミなら、ちょっと考えればこのぐらいのことは分かるはず。しかし、電車内では高齢者に席を譲ろう。そんな一般的な道徳観とも言える概念に囚われ、考えることをやめてしまっていたマユズミは、若い=体力があるという考えを盲目的に認めていた。

そして、そのロジックは成立しないということを、心臓病という具体例とともに今まさに指摘されたのである。

患ってらっしゃるんですか?

想定外の指摘を受け、一瞬たじろぐマユズミ。コミカドの質問に対し「想定していなかった」と回答することを避け、事実確認をしようと試みるが…

いいえ
はあ?

まさかの回答。思わず「はあ?」と漏らしてしまうマユズミ。

一見、コミカドが無茶苦茶なことを言っているようにも思えるが、この段階でマユズミが当初考えていたロジックは、状況説明と主張の間で見事に分断され、論破されてしまったわけである。

このまま心臓病を患っている体裁で進めば、コミカドの主張が通る。なぜなら、彼が心臓病を患っているかどうか、同じ空間内で分かる人間はコミカド本人だけであり、マユズミはそれ以上の追求ができないからである。

しかし、ここでコミカドは余裕を持って「いいえ」と答える。おそらく、目の前の高齢者が次の駅で降りることを知っていたのだろう。

彼は見た目は60代だが、スポーツクラブに通っており、(略)貧弱な私より見事な身体をしていらっしゃる。そして、そのスポーツジムは次の駅にある。

そう話し終える頃に電車は次の駅に停車し、高齢者は会釈してホームへと消えていった。心臓病の問いかけに対し「いいえ」と答えた時点で、マユズミは色々とつっこみたかったところだろうが… 

論争の問題となっていた要因がなくなってしまった今、これ以上コミカドにとやかく言える立場でもなくなってしまったマユズミ。何も言い返せずに、その場を去ることになってしまった。

心臓病の問いかけに対し「いいえ」と嘘つくことなく答えたコミカド。これは、その後のドラマ展開で作者が主張する核の伏線であったと思う。その主張は、後半でコミカドが言い放つ次の文言に全て入っている。

「我々は神ではない、ただの弁護士だ。真実が何かなんて分かるはずがない」
ーー古美門研介 /『リーガル・ハイ』(フジテレビ)

電車内の、あの場でコミカドが心臓病を患っているかどうか、その真実は本人にしか分からない。コミカドやマユズミが弁護士として守っている人が、殺人事件の真犯人なのかどうか、それも神と本人にしか分からず、弁護士や他人に分かるはずがない。

考えてみれば当然のこのロジックを、コミカドは自分の弁護士としての仕事の仕方を説明するために使っている。そしてこのロジックは、もちろん、我々も使うことができる。

相手が、世間一般的な事柄・データに基づき、自分に不利益をもたらす主張を押し付けてきたシチュエーションを考える。データも主張も正しいと、その主張を飲んでしまうことが多いのではないだろうか。

しかし、冷静に考えると、その事柄・データと主張の間には非連続性を有している場合がほとんどだ。

そして、その非連続性を強制的に発動させ、相手を論破させるロジックとして、「我々は神ではない、ただの弁護士だ。真実が何かなんて分かるはずがない」を使うことができる。

つまり、相手の知り得ない、個人の状況データを放り込むのである。上記の心臓病がこれに当たる。そうすれば、多くの場合、相手はそれ以上追求するのが困難になり、追い払うことができる。

もちろん、偽りの情報をねじ込むのはよろしくない。しかし、もし自分に相手の主張に該当しないまっとうな理由がある場合は、きちんと主張すべきだ。それこそが、自由気ままに生きるための1つのコツと言えると思う。

 

一般的な倫理観、道徳感に囚われ、考えることをやめるべきではない

 

相手の述べる事柄、データと主張の間に非連続性がないか注意すべし

 

我々は神ではない。真実が何かなんて分かるはずがない

 

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